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日曜日, 1月 27, 2008

■般若仏母と真言

盤若仏母と真言
ギャテーギャテー・・・・・・般若心経の真言(マントラ)について調べました


火曜日, 6月 19, 2007

■空海の三蜜加持とは何か(2)

空海の三蜜加持を現代に生かすには
どうしたらいいのでしょうか。
本物の教えというものは決して難しいものではないと思います。
(1)では矢山先生の解釈でした。これでも十分ですが
倫理法人会の創始者丸山敏先生の「万人幸福の栞」は
昭和二十四年に書かれたものですが、今の世にあって
ますます輝きが増してきました。

身・口・意」を
身体は行動口は目標又は希望、意は心ですから信念」と
してみましょう。「万人幸福の栞」より

■十二条「気づいたらすぐに行動する」
あいだみつをさんの詩に「感動とは感じて動くと書くんだなあ」
があります。感じない人は動きません。まずは感じる心が大事
なのです。感じることができる感性、又は波動。
波動が共鳴しないと感じないのです。(これは筆者)
①「気づいたらすぐに行動する」ことが物事をなしとげる秘訣です。
 また、大切なことは十分に調査研究し、準備を完全にして、
 時がきたと思えば、一気かせいにやってやりぬく。押して押し
 通す。
②また、最初失敗すること、これは大きな月謝である。喜んでまた
 改めてとりかかると、いつか大きな栄冠に輝く。
③また、にっちもさっちもいかないときがある。その時である、古今
 独歩の妙手は、こうした無類の境地に生まれる。

■十四条「希望は心の太陽である」
①希望は心の太陽である。つごうがよいから希望をもつので
 はない。一生に二度と出くわすことの出来ぬ仕事だから希望
 を持つのである。天から与えられた命、親からいただいた体、
 世界にたった一つのこの肉体だからこそ、その前途にもえる
 ような希望をもつのである。
②太陽と光と熱が無限であるように、希望(目標)はいくら灯し
 ても尽きる日はない。いくら高めても高すぎることはない。
③希望は永遠の光である。

■十五条「きっと出来るぞ、きっとやるぞ、と動かぬ信念」
①自信のないことは失敗する。練習するということは、その仕事
 なり、競技なりに慣れて間違いのないようにするのが、その形
 から見たところである。
②その実は、信念をつけるのである。信念をねりかため、ねりあ
 げるのである。きっと出来るぞ、きっとやるぞ、と動かぬ信念が
 その事を成就させる。
③事を成すの根本は信念である。決心の強いか弱いかによって
 仕事の成否が決まる。

それぞれにおいて②段階、③段階と極限までやりぬくことは大変
であるが、「壁を超える」「神人合一」とはこの境地を言うのでしょう。
「行動・希望・信念」が一体となり「神の境地と一体」となり、事が成
るのです。

憂えるのは疑うからである。あぶないから憂えるのではない。憂え
るから失敗する。憂えるからあぶない。
病気は憂えるから長引く、重くなる。
事業は憂えるから崩れる。
憂えるの反対は喜ぶことである。
希望に燃え行動し、信念で行動することである。

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月曜日, 6月 11, 2007

■虚空蔵求聞持法とはなにか

空海の虚空蔵求聞持法について
寺林峻 「空海秘伝」東洋経済新報社より引用

ところで、空海虚空蔵求聞持法というのは、密教の難行の一つで宇宙に立ち向かう
壮大な修業である。
宇宙に真っ正面から向き合うように峰の高台にすわり、半眼になって正面に大きな
虚空蔵菩薩の姿を想い浮かべる。虚空蔵菩薩は文字通り虚空、つまり宇宙がその
全体的な調和を保っている力(エネルギー)を本体とする仏である。その力とは突き
つめると無限の福徳と知恵であって、祈る者にそれを与えてあらゆる願い事を叶え
させる。
(それによって記憶力を・・・・・)は、瞑想というのは、そうした実利をめざしてはなかな
か行いにくいし、本来の目的ではない。

では、虚空蔵求聞持法はなにをめざしたのだろう。
呼吸に乗せて自分の中に虚空蔵菩薩を迎え、つぎには自分が虚空蔵菩薩の中へ
入っていく入我我入(にゅうががにゅう)の状態にはじまり、やがて虚空蔵菩薩そのも
のになりきってしまう。そうなると虚空、つまり宇宙の調いの中に自分を解放できる。
虚空蔵求聞持法のほんとうのねらいはそこにある。

密教での虚空を五つにまとめると
・妨げてくるものが何もない
・どこにも行きわたる
・澄んで汚れがない
・状態が安定している
・とらわれがない

この状態の中に自分を解放できるなら、どんなにすばらしいことか。だから虚空蔵
求聞持法が密教の究極の瞑想法となっている。

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金曜日, 6月 01, 2007

■空海のマンダラとは何か

空海のマンダラとは何か




金剛界マンダラ
正面に一千五百体、背後に三千体
と仏の数は四千五百体
画面の構成は、仏たちのすべてが
九つの枠に幾何学的に並んでいる。









胎蔵界マンダラ
中心部に密教主仏の大日如来を中
心にして限られた仏がそのまわりを
囲んでいる。
一見して完成した整いを感じさせる。






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■マンダラの見方(1) 
「空海秘伝」寺林峻氏
   (東洋経済新報社)      
                      
「人はとかく全体の中に埋もれるか、我を通して寂しく孤立するしかありません。しかし曼陀羅は人が個々のいのちを輝かせながら全体につながって生きようと励ましてくれております。そのためにどのいのちも他のいのちと磨きあい、照らし合って輝いております。
人の社会も曼陀羅のようであれば、どんなにいいかと思います」
阿闍梨(あじゃり)
「そなたの観察はまことに正鵠を得ている。さように曼陀羅を貫く原理を私は一即一切、一切即一と見ている」

「胎蔵曼陀羅の真ん中に描かれた大日如来は他を従えて君臨しているように見える。ところがそうではなくて他の一つひとつの仏が大日の働きを分担してこなしてくれているから、自分が如来の地位に安住できていると知っている、それが一切即一。

一方、大勢の仏は大日の働きの一部を分担しているだけだが、それを完全にこなすことで、じつは大日如来と同じように自分を完成させて仏の状態になっている、それを一切即一という」

空海は「人の集まる場も、そうあるのが望ましいのでしょう」
と感想をもらし、太龍岳などでの虚空蔵求聞く持法を行ったことを話した。
(個と全体、ホロン・ホロニックのことですね)

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■マンダラの見方(2)
鳥居礼氏「宇宙原理ホツマ」による曼陀羅とは

胎蔵界曼陀羅には、大乗仏教の中で取り入れられた仏や菩薩が多数取り入れられ、星宿神やヒンズー教の神々まで描かれています。それは宇宙の森羅万象を包括するとされることから、《宇宙母胎》としての母性原理を見いだすことができる。

金剛界曼陀羅は、大日如来を中心とする、密教独自の三十七の仏、菩薩が選ばれ配置されています。数多くの仏菩薩の中から三十七尊を選別し、大日如来以外の三十六尊を四つの仏界に分け、整然と組織化したという点において、冷厳な不正原理をあてはめることができます。

しかし、このような両界曼陀羅に対する原理づけは、もともとのインドなどにはなく、日本で空海が考え出したと言われています。

そこで、胎蔵界を、宇宙の万有を内包する《宇宙母胎》としての胞衣(えな)の中にあって、天上の言霊四十九神の啓示を受信する地上「高天の腹」にあてはめ、
金剛界を、始原神アメミオヤノ神の周囲に整然とした宇宙原理によって、フトマニ図のごとく配置された四十八神の鎮座する天上「高天の腹」あてはめれば、両者の間には、明確な共通性を認めることができるでしょう。

空海は十種神宝(とくさのかんだから)をはじめとする日本の古神道に精通していた点、あるいは「高天の腹」の整合性の高い原理性などを考慮すれば、天上・地上の「高天の原」の二重構造の観念がもともと我が国に存在していたが故に、両界曼陀羅が、日本密教においてかくも尊重されるようになったのではないかと推測されるわけです。

胎蔵界の中央部である《中台八葉院》は、大日如来を中央に周囲に八菩薩を配しており、ホツマの「フトマニ図」のアメミオヤ神と周囲を取り囲むトホカミエヒタメの八御小神(やみこ)の構造と類似することが注目されます。
また金剛界の九つの仏界もやはり中央の成身界の内部もそれと共通する構造性を有しているといえましょう。

このように、日本の「フトマニ図」や「高天の原」の宇宙原理と、両界の曼陀羅には根元的な共通性があるように思われます。

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八咫の原理図
  フトマニ図











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水曜日, 5月 30, 2007

■空海の三蜜加持とは何か(1)

空海の三蜜加持とは何か

仏教の本から・・・これでもわかりやすいのをさがしたのですが

即み成仏思想の実践哲学 (三蜜加持疾顕)

三蜜ーー身体活動の秘密、言動活動の秘密、精神活動の秘密
仏の三蜜、如来の三蜜、行者の三蜜、そうして衆生の三業(身語意)

「三蜜加持」
「加持とは、如来の大悲と人々の信心とを表し、あたかも太陽の光のよ
うな仏の力が、人々の心の水に映ずるのを加といい、人々の心の水が、
よく仏の日の光を感じとるのを持と名づける。」

「祈るものが、その意味をよく考え、手に印を結び、口に真言を唱え、
心三摩地(さんまじ)に住する(精神を統一する)ならば、仏の三蜜と
行者の三蜜が相応じて加持するとすみやかにさとりの完成を得るこ
とができる。」

以上ですが、よく理解できましたか。

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これをかみ砕いてくださったのが、矢山クリニックの矢山先生です。

身・口・意、つまり身体と言葉と心を一点に集中したときに
宇宙の力が人間に流れ込むという意味。

行動・言葉・想い】も同じこと

我々の全ての行為は、よく考えるとこの三つからできている。
イメージして、それを言葉に出して、からだを動かす。
これしかないのです。

ただ空海のすごいところは、一般の人の「身(身のおこない)」
「口(口にする言葉)」「意(心の働き)というものは汚れている。
だから凡夫がただ三つの行為を一点に集中させても簡単に
パワーは出ないという。

それをもっと高度な状態で、三つを一点に集中することを三蜜
加持と言うのです。高度な三つの行為を一点に集中したら宇宙
のエネルギーが入ってきて、すぐさま悟りという高度な意識の
状態があらわれる。
それを三蜜加持すれば「即疾に(すぐさまに)あらわれる」と言う
のです。

では,身・口・意、つまり「行動」「言葉」「想い」を高度化するに
はどうしたらいいのでしょう。空海はどう言っているのでしょうか。

矢山利彦医師の言葉で解釈すれば
「行動」「言葉」「想い」に気をこめるということです。適当にフニャ
ラ、フニャラ行動していてもダメですよ。この三つの行為に気を加
える、つまり、言葉に気を加え、気のこもった行動をする、そして
その言葉にも行動にもほんとうの想いをこめる。そうすると自分と
周囲が変わってくるのです。

弘法大師空海は九世紀初頭に真言宗を開きましたが、「まこと」
の「ことば」に力を根本に置きました。まず、気のエネルギーのこ
もった言葉があって、それが心を動かし、からだを動かし、宇宙
を動かすと言うのです。

かなり、空海を理解する手助けとなりました。

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